1 月 07

■また間があいてしまいました。読んでくださる方がいるか不安です。あけましておめでとうございます。
■もう終わってずいぶん経ちますが「朗読者たち」にご来場いただきありがとうございました。今更ですがやってよかったです。パードン木村さんがすごかった。かっこよかった。そして思ったのは、地味な稽古、地味な作業、私にはこういうのが向いている。ぱあーっと明るいイベントのようなものが自分の身の丈にあっていないような気がするんです。どこか、後ろめたい、寂しい、物悲しい、小さな言葉が好きなんだと思う。だからといって読むものは「江夏の21球」という素晴らしい文章であるのだから、それは大きい言葉であります。
■12月の「朗読者たち」を終え、年末は比較的のんびり過ごしました。よく食べよく寝ました。実家にも帰りました。いわきの海沿いはまだまだがれきが山積みです。直面する様々な問題を私たちはどう考えればいいのか、立ち止まって見ることしかできませんでした。でも見ることが大事だと言い聞かせました。もちろん私にとっての話です。正直な話、昨年の震災で家族と実家が被災し思うことの多い一年でした。たぶん皆と同じように元気な日もあれば人の発言にイライラすることもありました。その中で自分の考え方や発言が少し変化して来て、それに伴いここに書く言葉も減ったことは否めません。でも、本当にたくさんの問題を抱えている人々(私も含め)に、これからも頑張ろう!と思っています。また書こう、って気になってきたのは新年だから。区切りはいいね。元気になるきっかけになる。
■2012年がやってきました。皆さんにとって穏やかな一年になりますように祈るばかりです。地道に積み重ねていければ。4日には36歳になりました。年女なのです。やー!
6 月 16

■げきぴあではえぎわ/ノゾエ征爾くんの稽古日記が更新されています。私のことも紹介してくれています。写真の中の私が笑っています。私のことなどを紹介していただけるのはとてもありがたいことです。
■自分で自分をどう思うかについては結構深く考察できるのですが、他人が私のことをどう思うかなんて、というか私のことを考えてくれるってだけでありがたいなあと思います。しかもちょっとでも褒めてくれたりするともう生きててヨカッタ的な・・自虐的だなあまりに。でもさ、人が自分のことを見ててくれるってそれだけで大きな喜びじゃないでしょうか。
■そんなわけで稽古は皆の演技を見ながら笑っている私です。皆面白いです。
■はえぎわ「◯◯トアル風景」は7月です。是非是非見に来て下さい。チケット予約も承ります。aplacetodie@hotmail.comまでご連絡下さい。お待ちしています。
■写真は我が家のゴーヤ。
5 月 04

■家族旅行に行ってきました。
■父の運転で飛騨高山まで。父の計画に則り、父の腹の具合に合わせて食事をし、父が撮りたいペースで記念撮影しという旅です。我が家では子どもの頃からこんな旅でした。父のリーダーシップによって楽しい旅になるのです。
■子どもの頃、親戚一同で青森のねぶた祭りを観に行こうということになり、父が宿の手配やスケジュールを組むことになったときがあります。父はその時手書きで「旅のしおり」を作りました。そこには起床時間、各家庭が持って来る手作りお弁当のメニュー、高速道路SAの予想通過時間、各地での集合時間、ねぶた祭りの歴史など、こと細かに書かれていて唖然とした記憶があります。「カサギ家、唐揚げ、魚肉ソーセージ5本、おにぎり10個担当」とか、「〜サービスエリアにてトイレ休憩」とか。唖然の次には大爆笑。姉と「(父は)やっぱすごいな」と話したものです。
■今回はさすがにしおりはなかったものの、父の独断で夜中に東京をスタートし早朝岐阜のSAでの朝食は、母が持参した食パンに切ったトマトとハムを挟んで食べるオープンサンドウイッチ、気温は2度。ベンチとテーブルがあったので外で白い息を吐きながら食べました。一回の食事に全身全霊を傾けるといっても過言ではない父は「チーズがない(持参していない)のでひと味足りないなあ」と残念がり、それを受けて「あら失礼しました」と流す母。何百回も見て来た我が家の光景。
■そこから2日間、素晴らしい景色や山の色、飛騨高山の町並みなどを眺めました。両親と旅行するのは思えば10年ぶりぐらいです。父のペース、父の話を聞く車中、父の食欲など久しぶりに味わい、いろんなことを思いました。懐かしい気持ちにもなりました。父ギャグも炸裂し、何というか身体が楽になったというか、やはり一生この二人の子どもなんだと再認識し、深刻さから少し離れることができたというか、生き返った気分です。
■私たちの実家は福島県いわき市です。例え住居を移してもそれに変わりはありません。この震災で被災し、余震におびえ、放射能汚染におびえながらこれからの人生を生きて行かなければいけません。今いわきに住んでいる親戚や知人達も表向き普通に生活してますが、心の中で不安と戦い、日々決断を迫られ、憤りを何処にぶつけていいかわからず、報道に傷つき、でも毎日を元気に生きています。こんな張りつめた状態を我々は今後何十年も受け入れていかねばいけないのです。その中で私ができることはまず父と母を守ることだと思っています。そしてそこから震える福島のために何ができるのか考えていこうと思います。それは今を生きる私たちの義務なんだと思います(これは決して私個人の義務というわけではなく、今を生きる私たち皆という意味です)。苦しみも不安も背負ったまま、福島県は世界で一番タフで美しい土地になると信じて。むしろ福島今相当輝いてるぜと思われるような文化を、運動を、命を私はあきらめないで考え続けたい。
■それにしても高速道路1日1000円ってすごい。高井戸から白川郷まで1000円だぜ?!
1 月 17
■去年本をあまり読まなかったので、今年は読もうと思うのだけど、買うのもなんだなということで今もっている本を再読している。恐ろしく覚えていないので問題ない。ただ松本清張は何を捲ってもすぐに内容を思い出してしまうのだった。まっちゃん、恐ろしい人・・・。
■たぶん小学生の時に買った星新一「これからの出来事」(新潮文庫)、大学生の時に買った尾崎翠「無風帯より」(ちくま文庫)、ブックオフで100円で買った山田太一「いつもの雑踏いつもの場所で」(新潮文庫)、福島で買った立川談志「談志楽屋噺」(文春文庫)、を読み終えました。どれも初めて読んだような気持ちでいっぱい!ありがとううちの本棚。ちなみに藤子不二雄A先生の「妻たおれ 夫オロオロ日記」は2ページ読んでやめました。
※※
■どうでもいい話ですが私は子どもの頃から新潮文庫が好きでした。今でも文字のフォントとか好きです。何か浮ついてない印象があって。太宰治の背表紙が「黒」で三島由紀夫が「オレンジ」とか、その辺りのセレクションもいいなあと思っている、イヤな子どもでした。
■フォントにはこだわりがあって、昔、「りぼん」は好きだけど「なかよし」は苦手で、「ジャンプ」は好きだけど「マガジン」になじめないという自分がいて子供心になんでだろうと思っていたのですが、ある時それはマンガの枠外に書かれた「お便り下さい」とかの文字の持つ雰囲気が違うからだと気がついたんです。「りぼん」「ジャンプ」(集英社)の使うフォントはクールな印象があり好きで、「なかよし」「マガジン」(講談社)の使うフォントがちょっと丸くて苦手だったということです。これに気がついた時自分で自分にびっくりしました。
■じゃあ「ちゃお」(小学館)はどうだったのか?と言われるとあまり読んだことがなかったのでわかりません。ただ「花とゆめ」(白泉社)と「プリンセス」(秋田書店)はただただ怖かったです。コミックスの背表紙のフォントがハンパなく怖かった。そしてラインナップは「パタリロ!」「紅い牙」「はみだしっ子」。暗いよ。プリンセスはやっぱ「王家の紋章」でしょう。あれ、怖いよね子どもには。表紙だけで泣きそうになってた。作者の「細川智栄子あんど芙〜みん」の「芙〜みん」部分が辛かった。どう理解していいかわかんなかった。あ「LaLa」はさわやか路線でしたよね。好感持っていました。とにかく白泉社の奥深い魅力に気がつくのは中学生あたりから、「CIPHER」がきっかけだと思います。そこから・・・。
■とあまりにマニアックな話になってしまいました。すみません。もうやめようこれ。
<追記>
すみません・・・こんなサイトを見つけました→コミックスのレーベルマークをあつめてみました
1 月 16
■歯医者を替えて、新たに切開したら歯のかけらが残っていました。それを取ってもらったら血がぴたりと止まりました。東横線沿線の某駅前歯科のヤブ医者さんに言いたいことは、何というか、謝って欲しいとかではなく、考え直して欲しいということですかね。いろいろ。実家に帰るとか。
■昨日はえぎわで一緒だったトミー(富川一人くん)に偶然会い、楽日以来だったのですごく嬉しかったんだけど、顔を見た瞬間何故か笑いが止まらなくなってしまった。で、今彼の名前を書こうとして、はえぎわの稽古初日から皆がトミーと呼んでいるので私も便乗しそう呼ばせてもらっている。そのためか本名をあまりしっかり記憶していないことに気がついた。富山だっけか?と迷ってしまった。こうなったら芸名もトミーにしていただきたい。
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