1 月 07

■また間があいてしまいました。読んでくださる方がいるか不安です。あけましておめでとうございます。
■もう終わってずいぶん経ちますが「朗読者たち」にご来場いただきありがとうございました。今更ですがやってよかったです。パードン木村さんがすごかった。かっこよかった。そして思ったのは、地味な稽古、地味な作業、私にはこういうのが向いている。ぱあーっと明るいイベントのようなものが自分の身の丈にあっていないような気がするんです。どこか、後ろめたい、寂しい、物悲しい、小さな言葉が好きなんだと思う。だからといって読むものは「江夏の21球」という素晴らしい文章であるのだから、それは大きい言葉であります。
■12月の「朗読者たち」を終え、年末は比較的のんびり過ごしました。よく食べよく寝ました。実家にも帰りました。いわきの海沿いはまだまだがれきが山積みです。直面する様々な問題を私たちはどう考えればいいのか、立ち止まって見ることしかできませんでした。でも見ることが大事だと言い聞かせました。もちろん私にとっての話です。正直な話、昨年の震災で家族と実家が被災し思うことの多い一年でした。たぶん皆と同じように元気な日もあれば人の発言にイライラすることもありました。その中で自分の考え方や発言が少し変化して来て、それに伴いここに書く言葉も減ったことは否めません。でも、本当にたくさんの問題を抱えている人々(私も含め)に、これからも頑張ろう!と思っています。また書こう、って気になってきたのは新年だから。区切りはいいね。元気になるきっかけになる。
■2012年がやってきました。皆さんにとって穏やかな一年になりますように祈るばかりです。地道に積み重ねていければ。4日には36歳になりました。年女なのです。やー!
12 月 10
■久しぶりの更新になってしまいました。
■正直な話ですが、10月が終わって冬が近づいて来てから、精神的に虚脱状態でした。最低限の行動範囲で生活したくてたまらず、あまりに動きたくないので自分でも心配になり諸々悩んだのですが、これはもう仕方ないことなんだろうと言い聞かせ、自分の身体の赴くままに行動しました。バイトに行き、ごはんを食べ、本読んで、落語見て、眠りました。その間体調をくずしたりもしましたが概ねのんびり過ごせました。意識的にのんびりするぞと思わないとダメなのだろうと思ったので、面倒なことから少し離れてみました。
■そして今は12月。年の瀬です。ようやく自分の動くペースを見つけられそうな気がします。こうやって書くと自分がスローライフ的に生きたいみたいで、それはまあのんびりに越したことはないという感じなのですでその通りなのですが、結局は焦って生きている自分というのが本来の自分だと認めなければはじまりません。そしてそんな風に自分の生き方にさえ懐疑的なのはどうなんだろうと思います。なんて素直じゃないのでしょうか。まあ、いいか。だから、やっぱり自分に「休め」と言い聞かせ、後ろめたい気持ちがあったとしても断固休みをとる勇気を持たねばと思います。
■そしてその間、一つチャレンジしたことがあって、これは誰にも言えないような小さなチャレンジなんですが、それが形になり、本当に嬉しかったです。役者としてではなく、別のことなのです。新しいことをやってみるのは勇気がいりますが、年をとればなおさらですが、まあ、いつも通り適当に見切り発車でやってみようと思います。
■12月18日に朗読のイベントをやります。
「朗読者たち vol.2」
12月18日 15時/19時
出演
笠木泉
ぼくもとさきこ
冨永昌敬
パードン木村
清澄白河 SNAC
2000円(1drink in )
■ご予約はaplacetodie@hotmail.comかSNACのHPまでお願いします。
■パードン木村さんとご一緒できるのは凄いことなのです!やばいなあ、大丈夫かなあわたし。というかパードン×冨永の音を聞きに来て下さい皆さん。
■テキストはぼくもとさんに何を読んで欲しいかという思いで選びました。是非みなさま遊びに来て下さい。心よりお待ちしています。
11 月 24
■朝寒い。肌が乾燥して喉がはりつく。ちょっといらっとするけど、嫌いじゃない。そう、冬に憧れているのです。ずっと昔から。しんどいくせに。
■ところで立川談志さんがお亡くなりになられた。最近落語好きになり、談春「赤めだか」を読んだばかりの私にとっても哀しい知らせだ。「赤めだか」を読んで談志さんが好きになった。もちろん今までも好きだったけど、親しみとともに好きになっていたんだ。でも死んだことに大きなショックを受けているわけではなく、寂しいなという気持ちだ。
■最近自分も年をとってきたから、好きな俳優さんが亡くなられたりすることに大きな驚きを感じたりショックを受けたりすることが減って来た。いろんな方の死を自分なりに経験してきたからかもしれない。しかし好きな人が亡くなるということは寂しいことだというのもわかった。その寂しさがこれからはどんどん増えて行くんだ。
■好きなものをたくさん持っていたいけど、私は自分の掌に余る程の好きを持っては生きていられない。そんなに多くのことに真剣でいたら辛くなってしまうのだ。適当でいたい。楽になりたい。そう思ってここまで来た。これからももっともっとそうして行きたい。しかしそれはやはり裏返しなのだ。過剰なまでに日々を愛でるため、私の場合多くはいらないということかもしれない。
■それにしてもあまり適当なのも考えものだよね。人に厳しく自分に優しく・・・・。やっぱりもっとちゃんとしなければ・・・・。
■「通販生活」のwebCMをどうぞ。
11 月 23


■寒くなって来ました。今年は編み物出来る余裕がありそうです。ありがたい。というか信じられないな。
11 月 12
■今日で(昨日で)8ヶ月。日々、あの日のことを話すことにしている。あの日の気持ち、感覚を忘れないでいたいから。それでも忘れてしまうのだが、精一杯抗いたい。
■長い戦いはまだまだ続くのだな。でも、故郷に平穏や優しさや笑顔が戻って来ますように祈りたいと思います。
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